ツルが這い、山の知恵が宿る
標高760メートル、台東・関山の山あいに、3メートルのコンクリート柱が静かに並ぶ。この地に根を張り、30年かけて緑のつるが柱を包み込んだ。ここは台湾原生の「愛玉(アイギョクシ)」が息づく場所。つるは地を這いながら伸び、4年で柱を覆い、さらに4年後に実をつける。山の時間と共生のリズムが映し出される。アイギョクシ(Ficus pumila var. awkeotsang)は台湾固有のクワ科のつる植物で、800~1200メートルの中高海抜帯に多く見られる。野生では樹木に巻きつき、枝葉が幌のように垂れ下がる。

(写真提供:伊塔原旅台東縣原住民文化會館 )

(写真提供:@roxannechen_11)

(写真提供: @miwachin0425)

(写真提供:伊塔原旅台東縣原住民文化會館 )
半年をかけた共生の循環
アイギョクシは雌雄異株で、夏と冬の年2回結実する。実はエンドウ豆ほどの大きさから拳大になるまで、約6か月を要する。受粉は、長さわずか0.2センチの特殊なイチジクコバチによって行われる。このハチは雄花から飛び立ち、花粉を持って雌花を探し、産卵を試みる。受粉に成功した果実だけが天然のゼリーとなる多糖体を生成し、手もみで固まる。受粉しなかった果実は中が空洞で食用にならない。赤く色づく葉は、果実が近くにあることを知らせる合図。これは山の自然と生き物が織りなす、半年がかりの共生の奇跡だ。

(写真提供: @miwachin0425)

(写真提供: @yummyuniv)
30年の情熱 二世代がつなぐ絆
台東・関山で、一人の男性がこの山の知恵を実践に移した。吳博正さん(83歳)は林業の知識を生かし、中央山脈の野生アイギョクシを加楽山へ移植。自らの手で苗を植え、収穫、乾燥、皮むきに至るまで、年間6トンもの愛玉を生産してきた。暑さを避けるため、収穫は早朝4~5時に始まり、二人一組で1日3往復するという。

(写真提供: 痴愛玉)

(写真提供: 痴愛玉)
風土と時を味わう甘い継承
父の情熱に心打たれた娘の吳珮甄さんは、関山駅近くの日本家屋を改装して「痴愛玉」を創業。毎日天然のアイギョクシを手もみし、鹿野のアッサム紅茶、初鹿牧場の牛乳、アワ酒など、台東の風味を掛け合わせた創作メニューも展開。加楽山の愛玉は淡い黄色でジャスミンのような香りがあり、市販の透明で無味のものとは一線を画す。食育やブランド化を通じて、山で育った一粒一粒が、家族や地域の絆を深め、食卓に風土と時間の記憶を届けている。「痴愛玉」は2022年台東スローフードガイドで二つ星を獲得し、関山の文化的ランドマークとしての地位を築きあげ、未来の子供達にも本物の山や森の香りを味わえるよう努力を続ける。