1964年、屏東県の 霧台郷好茶村からルカイ族の陳六九氏が家族と共に山を越え、台東県金峰郷嘉蘭村へ移住した。当初は森林の木材で作業小屋を建てて暮らしていたが、陳氏は故郷の石板屋を忘れることができなかった。長男の陳添祥氏は屏東と台東を行き来しながら石材を探し、崩落地で見つけた石を使い、嘉蘭村の瓊麻を植えていた場所にルカイ族の平民が使用する石板屋を建てた。当時は「東金嘉石板屋の主」と書けば郵便が届くほど、地域でも特別な存在だった。

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(写真提供:台東県政府)

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酒の席で語り続けた記憶

1982年、金峰郷公所が行った老朽家宅改善政策により、多くの茅葺き家屋や伝統住居が改修され、この石板屋も取り壊された。宴の席で陳六九氏は、酒を飲むたびに石板屋の思い出を懐かしんだ。1993年、息子の陳參祥氏は父の願いを叶えようと再建を決意し、母の陳金蓮氏も資金が少ない中、かつてと同じ姿の石板屋を建てたいと望み、ラレンレンの陳家農地が建設地に選ばれた。

三つの部落、三人の頭目が協力して完成した家

再建には4年を要した。屏東の新好茶部落の住民から石材を集め、嘉蘭の住民も作業に加わった。1996年に石板屋は完成し、陳六九氏は念願を果たし、1年間この家で過ごした後、安らかに旅立った。女主人の陳金蓮氏がパイワン族であったため、建物にはルカイ族とパイワン族の文化が融合している。門柱と梁の木彫は、阿禮部落の柯萬金頭目と 好茶部落の吳阿福頭目が共同で制作したもので、三部落・三頭目による協働が象徴されている。

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中柱の祖霊像と百歩蛇の陶甕

完成した石板屋は、ルカイ族の伝統建築様式を忠実に再現している。内部は厨房と寝室の二室構造で、中柱には祖霊像が彫られ、穀倉は奥の部屋に配置されている。前庭には石板のテーブルと椅子、屏風が置かれ、ルカイ族の暮らしのゆったりした空気が漂う。内部には百歩蛇の文様が刻まれた陶甕が並び、中柱、石棚、かまどは神聖な場所として大切にされている。石板屋の建築には経験豊富な族人の指導が不可欠で、特に屋根づくりには多くの人手による協力が不可欠であり、長老が技術を指導し、壮年が力仕事を担った。

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毎日火を焚き、梁を守る

伝統的な石板屋の維持には手間がかかる。屋内のかまどは毎日火を焚き、煙で梁を虫食いから守らなければならない。梁や板が傷めば、家主が新しい材料に交換し、元の石板屋根を復元していく。現在、この石板屋はルカイ族文化を伝える重要な場となり、陳家の生活空間であると同時に、パイワン族とルカイ族の祭儀や青年訓練の場所としても使われている。

介達小学校の教師である陳參祥氏は、児童を石板屋へ連れて行き、体験を通して自然な形で伝統文化を伝えている。台東県文化処もこの伝統建築の文化的価値を高く評価しており、部落が力を合わせて完成させた石板屋は、台東の原住民文化継承における大きな一歩であると指摘する。陳家石板屋は、パイワン族の文化意識を高め、ルカイ族とパイワン族の絆を象徴する存在となり、族人が心の故郷を再び見いだす場所となっている。

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