台東にある蘭嶼島で印象に残るものといえば「拼板舟(タタラ船、又はチヌリクラン)」ではないでしょうか。
タタラ船は伝統生活を送る上で生活に欠かせない道具であるだけではなく、島で暮らす達悟族(タオ族)が生きる上で必要なタンパク質を得る源でもあり、そして招魚祭で使用される重要な礼具でもあります。海を移動する為に考えられた様々な伝統はどれも祖先の知恵が作り出した結晶ですが、中でもタタラ船は色々な樹木のパーツをパズルのように組み合わせて作られており、造船には家族で協力しあうことが必要です。造船技術は父から子へと受け継がれるものでしたが、現在ではタオ族の文化知識としてたくさんの人々に継承される方向へ向かっております。
漁人部落の長老・鍾馬雄さん曰くタタラ船は大船(チヌリクランcinedkeran,六〜十人の船)と小船(タタラtatala,一人から三人の船)の二種類があり、大船の多くは家族で漁業を営む人々が所有しており家族全員の命を繋ぐ為の生命線として、そして家族の繋がりを高めその名誉を示す象徴にもなっていると語りました。タタラ船作りには設計図も仕様書もなく、木々を大事にしながら船の特性を生かす為に異なる木材から27のパーツを用意する必要があり、船作りにはこの地域で生きてきた先人たちから受け継がれてきた草木に関する知識が要となるのです。
自然と共生する造船学において、木材の入手こそが造船の第一歩と言えるでしょう。大船を作る上で何よりも難しいのは適した木材を入手する方法と必要な人手を集めることです。直接砂利や岩礁に触れる船底板(rapan)には硬さがあって摩耗に強い台東番龍眼(台東バンリュウガン/ciai)が使用され、他にも船の首尾(ipanwang)には衝撃に強い欖仁舅(アカネ科の大木/itap)、浮力面を考慮する必要のある船板には軽く柔軟性のある大葉山欖(オオバアカテツ/kolitan)や麵包樹(パンノキ/cipoo)、綠島榕(緑島ガジュマルの樹/anongo)等が適していて、全てのパーツを組み合わせる木釘(yoray)の制作には小葉桑(クワ/pasek)が使われています。
作業は男女別に行われ、十数名の男性がタタラ船に使用する木材を伐採したのち成型や装飾といった造船作業をしている頃、女性は畑仕事に勤しみ祭事で使うタロイモを育てます。船の完成後行われる儀式では船を作り上げてきた人々の苦労に報いる行いとして、manvazat(幸運を求め)、manwaway(力を蓄え)、manhagnat(船を放る)という三つの儀式による祝福が込められ、新しい船は祖先から受け継がれてきた知恵や経験を載せて海へと乗り出してゆくのです。
かつて植民地化されたことにより起きた海禁政策などの社会変化から、先祖代々伝わってきた優れた航海術は次第に失われ、伝統断絶に直面する事態が起きています。現在復興に力を入れている南島文化の波に乗り「海洋文化」とそこにあった想いについて目を向ける時が今、訪れているのではないでしょうか。
しかし失われた知恵を取り戻すことは決して容易ではありません。ハワイが半世紀近く前から航海文化の復興に取り組んでおり、近年では台湾も力を入れて文化の復興に取り組んでいます。2022年には台湾の南島航海文化の窓口となれるようにとの希望からアミ族出身の木彫りアーティスト故拉飛.邵馬と南王部落卑南族出身のアーティスト陳豪毅(Akac Orat)が共同で一艘の支架舟(カヤック船)を制作しました。船は木工部分を拉飛、藤枝で縛る作業を陳豪毅とそれぞれ作業を分担して制作が行われました。
他にも台東県原住民部落大学では2023年度より「原住民族造舟及航海人才培訓(原住民族の造船及び航海技術人材の育成)」プログラムが開始され、伝統航海の復興に取り組む東海岸と蘭嶼の部落を訪れ記録活動を行うと同時に造船クラスを開設し、莿桐部落で暮らすアミ族の頭目や長老達と協力し合って失われてから40年以上の時が経過した伝統的なタタラ船を再現させる計画が始まっています。蘭嶼のクラスでは伝統造船工芸師から造船に使う樹木の種類や伐採について学ぶことができ、タオ族のタタラ船作りの技術を若者達へ伝え広めることにより、これらの文化が多くの人々に認識され、部落に対しても関心を得られるようになる事を願っています。
漁人部落の長老である鍾馬雄さんと夏曼・馬多さんを始めとした人々は造船をきっかけとして集まり、自身の持つ造船道具や技術、そして労働力を次世代へ継承するために惜しみなく与えてくれています。過去には斧を手に二日間かけて行われていた木々の伐採も、チェーンソーといった現代工具を利用することで効率が大幅に向上、このように現代のリソースを用いつつ伝統の持つ文化的価値を後世へと受け継いでいけるよう、長く続いてきたタオ族の海洋文化復興に向けて皆が足並みを揃えて取り組んでいます。
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